【翻訳】カナダ市民が中央銀行を提訴

中央銀行と通貨のあり方を根底的に問い直すニュースがカナダで報じられましたので、翻訳してお伝えします。

カナダ市民が中央銀行を提訴

カナダ銀行・財務省を被告とする訴訟

プレスリリース(トロント、2011年12月20日)カナダ市民2人と経済シンクタンクがカナダ連邦裁判所で国際金融権力と対決へ

 これらの市民は、カナダ中央銀行をカナダ人の利益のために使用し、国際金融組織の支配から離脱させるという宣言を要求している。国際金融組織の利益と指令は、カナダ人の利益とカナダ憲法の最高法規性よりも上位に置かれている、という。

  憲法学者・弁護士のロッコ・ギャラッティは2011年11月12日、ウィリアム・クレーム、アン・エメット、通貨・経済改革委員会(COMER)の代理として、連邦裁判所に提訴した。カナダ中央銀行に、その法定任務と責任を行使させることによって、その本来の目的のための使用に復帰させるためである。その任務には、地方・連邦政府の「人的資本」支出(教育、健康その他の社会サービス)やインフラ整備のための、利子なし貸し出しを行う[つまり政府が利子なし通貨を発行する]ことが含まれる。

  この訴訟はまた、「税額控除」の企業その他の納税者への振替の前の国の歳入を計算しない、または真実の歳入総額を明らかにしないで持ち越す、という会計方法における政府の財政上の虚偽をも争うものである。

  原告は、1974年以来、カナダ中央銀行と通貨・金融政策は、カナダ中央銀行法に反して、海外の民間銀行と私的利益によって支配されるという現実に、徐々にではあるが確実に滑り落ちてきたと主張している。

  原告はまた、国際決済銀行(BIS)、金融安定フォーラム(FSF)と国際通貨基金(IMF)はすべて、ある意識的な意図をもって設立されたと主張する。その意図とは、貧しい国々を貧しいままにとどめ、今ではすべての国にまで拡大した貧困状態をそのままにしておくことであり。そして、これらの国々において上記の国際金融機関は、金融を支配することにより、カナダのように国の政府と憲法の優位性を乗り越えることに成功したとしている。

  原告によれば、BISとFSFの後継者である金融安定理事会(FSB)の会議、その議事録、討議、審議は秘密とされ、議会・行政当局でも入手不能であるばかりか説明責任もなく、カナダの公衆へも同じ状態になっている。カナダ中央銀行の政策がこれらの会議によって発せられるにもかかわらず、である。これらの機関は、本質的に私的で、外国組織でありながら、カナダの銀行システムと社会・経済政策を支配しているのである。

  原告は、被告(行政当局者)は、程度の違いはあるものの無意識的・意識的に、これらの国際機関とともに密かに、カナダ中央銀行法とカナダの金融・通貨政策、社会・経済政策の独立性の無力化に関与すること、銀行・金融システムという手段によって議会によるカナダの統治を無視することを認識し意図している、という。 (以下、翻訳略)

原文

Canadians Challenge Central Bank In Court

 

文責:ベーシックインカム・実現を探る会
訳者:鈴木武志

ベーシックインカム海外情報翻訳プロジェクト参加者募集設立趣意書

ベーシックインカム海外情報翻訳プロジェクト参加者募集設立趣意書

コーディネーター:ベーシックインカム 実現を探る会 野末雅寛

ねらい
・ネットの情報空間をベーシックインカムの情報で充実させること
・近年のネット言論の影響力の増大をふまえ、ネット言論においてベーシックインカム支持の世論形成を目指す
・翻訳者同士の情報交換、質問のやり取り、交流を深める

翻訳プロジェクトの要項
・訳者のサイト(著作権は訳者に存するが、無償ボランティアベースとし、文責は訳者が負うものとする)
・プロジェクトメンバーがサイトやブログを持っている場合は、そのサイトを紹介する
・自分のブログを持たない場合は、ベーシックインカム・実現を探る会HPで掲載する
・ベーシックインカム実現を探る会HPで、翻訳済み(リンク先だけ)・翻訳予定リストを掲載する

参加資格
・上記の要項を了承できる方
・インターネット通信環境にあり、パソコンで文字入力ができる方
・ベーシックインカムに関心がある方(賛否は問いません)
・お互いのメンバーを尊重でき、コミュニケーションを尊ぶことができる方

翻訳内容は下記を予定しています。

プロジェクトの進行
1.翻訳参加希望者は、記入事項をメールに記載の上、下記アドレスに希望申請を提出してください。
info@bijp.net(@は半角入力しなおしをお願いします)
氏名
メールアドレス
住所
携帯電話番号等の緊急時の連絡先
翻訳可能言語
興味を持った翻訳予定記事
参加希望者申請フォーム
2.申請者は、確認後参加者間のコミュニケーションを図るメーリングリストに登録します
3.メーリングリスト内で自己紹介していただいた時点で、プロジェクト参加を承認します。

【翻訳】市民ベーシックインカムと社会の発展:クァチンガ・ヴェーリョ地区におけるNPOヘシヴィタスの活動に関する一研究

 

 

市民ベーシックインカムと社会の発展:クァチンガ・ヴェーリョ地区におけるNPOヘシヴィタスの活動に関する一研究
フランシスコ・フェルナンデス・ラデイラ
[ アントニオ・カルロス大統領総合大学地理学学士、ジュイース・ヂ・フォーラ連邦大学国家・社会学専門士(Licenciado em Geografia – UNIPAC(Universidade Presidente Antônio Carlos) Especialista em: Brasil, Estado e Sociedade – UFJF(Universidade Federal de Juiz de Fora) http://www.consciencia.org/author/franciscoladeira]

原文

http://www.artigocientifico.tebas.kinghost.net/uploads/artc_1312743026_72.pdf




要約本論文では、サンパウロの非政府組織ヘシビタスの手によるクァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムについて述べる。このプロジェクトは、2008年10 月以降毎月30レアルのベーシックインカムを、サンパウロ大都市圏モジー・ダス・クルーゼズ市郊外のクァチンガ・ヴェーリョ地区の住民に支給するというもの である。住民の私生活及びコミュニティの一般的日常生活における本実験の主要な結果を概説する。

キーワード:ベーシックインカム;ヘシヴィタス;クァチンガ・ヴェーリョ;第三セクター






序論

社会的不平等の撲滅は、現代社会における主要課題の一つである。

 世界銀行の調査によると、約14億人(世界人口のおよそ25%)が貧困ライン以下にある1

更に、国際連合食糧農業機関(FAO)の報告でも、12億3千万人が栄養失調と食糧不足の状況下にあると指摘されている。
このような現実を前にして、社会的格差を最小にする、効果的かつ実際的な手法を提示することが不可欠となってきている。
貧困撲滅のために用いることのできる主な手法について議論する際、この問題への最善の処方箋の一つとして所得の再分配というアイデアがあることについては、事実上、異論を唱える人はいない。しかし、適切かつ効果的な所得分配政策を推進するには、どの方法が最善であるかについては、いまだに合意に達していない。
従来の所得移転の仕組みでは、数々の給付に対する見返りに何かを必要とすることや、特定の人々を対象とすることから、短期間かつ断片的な成果しか得ることができない2

そのため、所与の目的の達成し、かつ、全市民をもれなくカバーする、他の政治的手法を探求することが重要となってくる。
この観点から、無条件・無差別のベーシックインカム制度を確立すべきという見解が、ここ数十年の間有力になりつつある。
フィリップ・ヴァン・パリースとヤニク・ヴァンデルホルヒト(2006)は、ベーシックインカムを「政治共同体によって全ての構成員に対して、個別に、所得証明や補償要件なしに支払われる所得(VANDERBORGHT; VAN PARIJS, 2006, p. 35)」と定義している。
スプリシー(2006)によると、ベーシック・インカムは、出自・人種・性別・年齢・婚姻状況はもちろん、社会経済的地位さえも関係なく、あらゆる人に与えられた権利であり、各人の生活上の必要を満たすのに十分な収入を通じて、国が保持する富に参加する権利であるとされる。
色眼鏡で見ると、この手法は一見シンプルであり、一定の社会集団に属する全ての個人に対して最低限の額を支払うことが可能だというのは、非現実的どころかナイーブ・理想主義以外の何物でもないとさえ思われるかもしれない。
しかし、その議論の妥当性3、何より実際の証拠により、人道的観点からだけではなく実用的観点からも市民基本所得に正当性があることが証明されている。
そこで、本論文では、サンパウロの非政府組織ヘシビタスによって発展を遂げたカチンガ・ヴェーリョ共同体の事例を採り上げる。このプロジェクトは、2008年10月以降毎月30レアルのベーシック・インカムを、サンパウロ大都市圏内モジー・ダス・クルーゼズ市郊外のクァチンガ・ヴェーリョ村落の住民に支給するというものである。時系列に沿って、住民の私生活及び共同体内の一般的日常生活に関する本実験における主な結果(ラテンアメリカにおける先駆事例である)4について紹介していく。



ヘシヴィタス

ヘシヴィタス—市民権再活性化研究所—は、2006年10月7日5、生物学者ブルーナ・アウグスト・ペレイラ(現最高経営責任者)とマルクス・ヴィニシウス・ブランカグリオーネ・ドス・サントス(現財政責任者兼プロジェクト全般調整役)の主導により設立された。その設立目的は、「…人間としての基本的な権利・義務の無条件の行使を促進・保証する生産的活動を通じての市民権の完全な実現」(SANTOS NETO, 2010, p. 04)である。

 
役員は無報酬、ボランティアを旨として活動する。特定の政党との関係を持たず、いかなる政府の部局からも助成金の類いは得ていない。運営費用は、コンソーシアムのメンバーの個人資産によって賄われる。

 
ヘシヴィタスでは、この活動に関連するクァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムの他にも9つの事業を計画、うち6つ(「無料図書館・無料おもちゃ館」、 「バスケットボール教育・普及基地」、「森のトレイル」、「ジュニアン:陸上競技プロジェクト」、「パラナピアカーバの歴史遺産の修復と保全」及び 「NGOテレビ」)が実施中であり、更に3つ(「全ての人に映画を in クバタン」、「第三セクターによるベーシックインカムの恒久基金」及び「第三セクターによるベーシックインカム:パラナカピアカーバ・コンソーシアム 6が導入過程にある

2004年法律第10835号

ブラジルは、地球上で最も市民への金銭給付に熱心な国の一つである。しかし、政府が推進するここ数年の社会政策が最下層の人々の利益となるためのものであり、悲惨な状況で生活する人々の相当数減少させたにも関わらず、国内から貧困を撲滅するためにやるべき多くのことが未だ多く残っている7


重大な社会問題あるものの、ブラジルはベーシック・インカムを法制化した世界で唯一の国となっている。
2004年1月8日、当時のルイス・イナーシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領は、ベーシック・インカムの法制化を謳う法律第10835号を裁可した。エドゥアルド・スプリシー上院議員が立案したこの法律によると、全てのブラジル市民又は最低5年間国内に居住する外国人は、必要最低限の生活を可能な限り保障するのに適切な額の手当を受け取ることとなる。「(本法に関連する)支給額の決定や制度の導入については、当局の執行基準に従い、最も必要性の高いものから優先的に、全ての人が(ベーシック・インカムを)支給されるまで、段階的に行われる。」(SUPLICY, 2006, p. 115)。


スプリシー(2006)によると、連邦政府によるボルサ・ファミリア政策8は、ブラジル政府がベーシック・インカムを採用する方向へと進むための第一歩である。レイチ (2010)にとっては、「現在は(ボルサ・ファミリアのような社会政策を通じて)条件付きの選別的所得移転が行われているが、その原資は、普遍的かつ無条件で実施されるベーシック・インカムの支払いのための恒久的な基金へと再構成が可能である」(LEITE, 2010, p. 213)ということになる。


しかし一方で、サントス・ネート(2010a)は、前提条件が付けられている上に部分的な給付である
ボルサ・ファミリアを、無条件・無差別のベーシック・インカム実施の第一段階と理解するのは間違っていると考えている。
一部では、2005年から発効する予定であった法律第10835号がいまだ国内で施行されていないことこそが重大事であるとの議論もある。

第三セクターによるベーシック・インカム — クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアム

一方、ヘシヴィタスは、動きの遅い当局と対照的に、2008年10月から、モジー・ダス・クルーゼズ市郊外、クァチンガ・ヴェーリョ地区の住民77名(当初の参加は27名)に対して毎月30レアルの基本手当の給付を開始した。
クァチンガ・ヴェーリョ地区はおよそ100人の住民を有し、そのほとんどが劣悪な条件のもとに暮らしていた。「
それは、主にサンパウロ市に提供する野菜のグリーンベルトとなっている農村地域である。 [...]地域社会は、社会インフラ、教育、基本的な保健衛生の欠如に苦しんでいる(SANTOS NETO,2009, p. 196)」。「地区内は、みすぼらしい小屋や石造りの家ばかりであった」 (SCHLEE, 2010, p. 257)。


教育指標は恐ろしく低い。住民の12.5%が文盲、28.1%が小学4年で学業を終え、初等教育修了率は25%、中等教育を終えるのは
34.4%に過ぎない。高等教育に至っては皆無である。


地域の世帯の平均所得は最低賃金に等しい9。男性の大部分は農家であるか、大農場や周辺の農園の番人として働いている。一方女性は、清掃員や乳母の仕事を時折行うだけ。パートタイムで働く
青年も。「人数はそう多くないにも関わらず、退職者が家計を維持し、月収の大部分が退職者年金であることが通例となっている」(BRANCAGLIONE DOS SANTOS; PEREIRA, 2011, p. 49)。

 
ヘシビタスのメンバーによると、クァチンガ・ヴェーリョがベーシック・インカムの先行実験場として選ばれたのは、「[...]住民数は少ないが、生活困窮者の数の多い、小規模な地域だからである[...]」(RECIVITAS, 2010, p. 157)。


2008年10月19日、クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムが実施すべき事業の方向性を決定するための初めての会合が開かれた。このとき出席したのは約50名であり、うち27名(全部で6家族10)がすでに実験への参加登録をしていた。


実験前には、ベーシック・インカム受給権を望む人に課せられる唯一の条件は、実験地に居住していることとされていた。ゆえに、誰が月額30レアルを受け取ることになるかについては、クァチンガ・ヴェーリョの住民自治会に委ねられることになった11


当初は、住民の多くが、クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムに対して拒否感を示していた。ヘシヴィタスが、本当に真面目な集団なのか、信頼に足るのかを疑っていたので、いくつかの家族はすぐには実験に参加しなかった。ベーシック・インカムが選挙キャンペーンの一環としてのものであり、貰ったお金と引き換えにどこかの候補者に投票しなければならないと信じていたのだ。また、ブルーナとマルクス・ヴィニシウスが非合法な活動から生じた金銭を地域に回そうとしているという疑念も巡っていた。


しかし、10月25日(初回の会合からわずか6日後)には、27名の登録者に第一回目のベーシック・インカムの支払が実現した。


地域住民の方針に従い、ヘシヴィタスは、ベーシック・インカムについて、特定の支給日や支給場所を決めることはない。支給は、通常月初め又は前月の末日に、受給者一人一人に対して手渡しで行われることになる。
始めの月の支払には、ヘシヴィタスの創設者である
ブルーナとマルクス・ヴィニシウス自身の財産が用いられた。続く数ヶ月の間には、創設者によってプロジェクトが広範に報道された後、新しい協力者がコンソーシアムへと参加してきた12

実験結果

  クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムについての報告書によると、実験当初は満足出来る結果が得られた。「支給の後すぐ、実験参加者の生活に大きな変化があらわれた」 (HOHLMANN, 2010, p. 247)。直接かつ無条件の支給であるため、人々は、受領した金銭をどう使うか熟考した上で行動する。「一般的に、住民が記したRBC[ベーシック・インカム]の最も頻繁な用途は、食品や衣類、次に新学年開始時の学用品、そして交通費であった」(SANTOS NETO, 2009, p. 200)13
  

 

ささやかな額ながら、月額30レアルが別途支給されることにより、クァチンガ・ヴェーリョの住民は、より栄養価の高い食事や、借金の返済、経済力の向上、土地家屋の回収や、子供や孫の為に貯金口座を開設することが可能となった (LEITE, 2010)。


ドイツの世界村落ベーシック・インカム研究所に寄稿された記事
[http://www.grundeinkommen.de/14/04/2010/globales-dorf-grundeinkommen.html]において、クリシュトフ・シュレー(2010)は、クァチンガ・ヴェーリョでのベーシック・インカム導入後、多くの家庭が、住居の拡充、学費の支払が可能となり、たくさんの子供が初めて靴を持つようになったと記した。


住民の健康状態にも明らかな改善がみられた。最低所得は、疾病の予防と治療を提供したのだ。ある女性は、「
[...]甲状腺に問題があることが発見され、RBC[ベーシック・インカム]によって(治療を開始し、)必要な薬を買うことができた[...]」(BRANCAGLIONE DOS SANTOS; PEREIRA, 2011, p. 56)。


同様の状況は、ベーシック・インカムの一部を医療機関受診と薬品購入に使っているある家族(父親は失業中で散発的にしか仕事をしていない)でも見られる。別の一団の家族にとっては、毎月確実に支給される最低限の収入は、
母親や息子に薬品を買うための担保として示すことができる。「薬局は、彼らの所得が保証されていることを認識しており、『ツケ払い』での販売を開始した。つまり、彼らに経済的信用を与えた始めたのだ。」(BRANCAGLIONE DOS SANTOS; PEREIRA, 2011, p. 57)。

 

ブルーナ・アウグスト・ペレイラは、ベンジャミン・ホールマンによって引用されたように、住民間の人間関係がこの上なく素晴らしいことと、地域に参加しているという自信や誇りといった感情が出現してきたことを重要視する。「クァチンガ・ヴェーリョはベーシック・インカムの導入以来大きく変化した。相互協力と協調のもとで人が互いに接するようになったのだ」(PEREIRA apud HOHLMANN, 2010, p. 248)。

 

一方、ベーシック・インカムの適用に反対するアナリスト達は、このように受領者に何の形の代償も求めないタイプの社会政策は、怠惰と放浪生活を助長することになると主張している。

 

しかし、「(クァチンガ・ヴェーリョの)住民の日常においては、就業状態の傾向にベーシック・インカムに起因する変化は全く見られなかった」(SANTOS NETO, 2009, p. 201)。

 

「逆に、収入を生産的な活動を実施するために使用したり、貯蓄をしたり、就職活動にまで用いているということは、正反対の効果があることの証拠である」(RECIVITAS, 2009, p. 167)。

 

「参加者一人当たり(月額)30レアルは、『モグリの仕事』をやめるきっかけを作った。[...]ベーシック・インカムは仕事を続け、家の建設を始める機会を与えた」(HOHLMANN, 2010, p. 247)。他にも、既に鶏小屋を作り、他の住民に対し卵を販売している住民もいる」(HOHLMANN, 2010, p. 247)

 

同様の状況は、繁殖用かつ後日の食肉用としての二組のつがいの豚と子豚を購入した、ある退職者の夫婦の例でも確認された。
 

 

ブルーナ・ペレイラとヴィニシウス・ブランカグリオーネ・ドス・サントス(2011)は、ベーシック・インカムのおかげで職探しのために初めて公共交通機関を利用することができたケースを指摘している。


ここから推論されるのは、スブリシー(2006)の論の通り、ベーシック・インカムが求職活動を促進することであって、決してその逆ではない。最低賃金収入を
補償するような所得分配政策は、受益者が職を探そうとする意欲を減退させる。「それは、働いて得られる額が、働かなかった場合の額より少なくなってしまうからだ」(SUPLICY, 2006, p. 73,74)。しかし、最低限の収入が確実に入ってくることは、労働者の自尊心を高め、就職活動を奨励し、後々の生産性に関わる条件を整えることができるのである14

 

ベーシック・インカムの支給と並行して、ヘシヴィタスは無料図書館と無料おもちゃ館と名付けられた事業を進めている。これは、お役所的でない無条件の貸し出しシステムのもとで主導される。全てのクァチンガ・ヴェーリョの住民は、本やおもちゃを借り、好きな時に返却できる。引換証や書類の提示は一切必要ない。

 

「利用の際に本やおもちゃを返却する決定権が与えられたとき、すなわち、やりたいようにやるのを妨げるものが一切ないとき、公共財の持つ価値を意識する機会が与えられる」(RECIVITAS, 2010, p. 74)

 

ヘシヴィタスのメンバーによると、通常考えれらる予想に反して、使用者が本や他の物品を借りる際にいかなる形の補償も求めなくても、そのことが無料図書館や無料おもちゃ館の収蔵物の紛失や損傷を助長するようなことはなかった。
 

 

無料図書館や無料おもちゃ館で採用された方法論は、正義や公共財の概念の普及に貢献しているが、それ以上に、人は一般的に信用に値すること、正直な行動をとらせるために強制的な仕組みは不要であることを証明している。

 

社会的、経済的メリットに加え、クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムはまた、地域住民によって継続されるべき人の連帯のモデルとなっている。ヘシビタスの例から始まり、ある農家は、隣村に配るための過剰分の収穫を予定しはじめた。ブルーナ・アウグスト・ペレイラとマルクス・ヴィニシウス・ブランカグリオーネ(2011)は、何人かの子供が、無料図書館や無料おもちゃ館に通った後、本を蔵書として寄附することを決めたことを報告した。
また、図書館へ足繁く通っていた娘の影響を受けたある母親の場合も、成人向け中学・高校過程の学校に在籍することになり、学業(第7学年で中断した)に戻ることができるようになった。

 

ベーシック・インカムの現実的な実現可能性をきちんと検証したレポートを報告するには、2年は明らかに相対的に短期間である。また、30レアルという金額は、個々の生存を保証するには余りにも少ない。「クァチンガ・ヴェーリョでの[...]実験のみに基づくRBCについてのどのような結論も、非常に小さい地域しか対象にしておらず[...]、根拠としては非常に危うい」(SANTOS NETO, 2009, p. 200)

 

更には、クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムが実施したような社会活動では、全国でベーシック・インカムの導入を主張することはできない。モジー・ダス・クルーゼス市郊外のコミュニティで実施されたプロジェクトの他の地域への高い移植可能性を考慮したとしても、全てのブラジル市民に無条件で最低限の所得を与えることは、連邦法の目的であり、連邦政府当局によって実践されなければならないと考えることが肝要である。
ヘシヴィタスの創設者自身が認識しているように、ベーシック・インカムは
クァチンガ・ヴェーリョの地域社会が直面する全ての問題の最終的な解決策を提示しているわけではない。

RBCの導入後、最低限の保証しかしていないことに関連する困難な問題が残っており、更に多額のRBCの必要性を確信した。50レアル前後というのは、完全に困難をなくすことはできないとしても、日々発生する困難を和らげることができるレベルとして仮定した金額であった。この点では我々は理想的であったと言える。単なる物品や、尊厳のある生活をする資金源を維持でき、基本的な安心を保証するのに必要なサービスの基本パッケージに過ぎないものと比べられるものではない (BRANCAGLIONE DOS SANTOS; PEREIRA, 2011, p. 50-51)

 

しかし、この仕事の過程で見られたように、クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムによって報告された結果は、説得力があり、明るい先行きを示すものであった。「30レアルは少なく思えるが、何も持たない者にとってそれは多く、または十分な、あるいは全てだと思える金額であり、(ベーシック・インカム社会実験参加登録者)の(77)人という人数は、人間そのものにではなく、数字にだけ価値を置く人にとっては非常に少ないものとなるのだ」(BRANCAGLIONE DOS SANTOS; PEREIRA, 2009, p. 35)。エドゥアルド・スプリシー上院議員が国会で読んだ文章によると、「クァチンガ・ヴェーリョは小さな地区であるように見えますが、この活動が実例として行われたことの持つ力は、間違いなく巨大であり、他の人々や地域を目覚めさせるものであります」。

結論

 

フィリップ・ヴァン・パリースは、19世紀の奴隷制度の廃止、20世紀の普通選挙の導入という人類の最近の偉大な進歩と同様に、ベーシック・インカムは、今世紀における偉大な成果となるであろうと主張した。
 

 

無条件かつ普遍的なベーシック・インカムは、単に社会に利益をもたらすもの以上に、各人の有する基本的かつ不可分な権利である。

 

無条件のベーシック・インカム制度の制定を堅固にする議論には、左右両方の政治的スペクトルからの支持を得ている。より公正でバランスのとれた社会を望む者から成る左翼からも、自由市場と経済成長を守ろうとする者で公正される右翼からも正当化され得る。

 

左翼にとってベーシック・インカムは、資本家の支配を覆すための道具であり、最低限の尊厳をもって生活できる可能性を全ての地域のメンバーに保証することができる手段である。

 

一方、右翼にとってのベーシック・インカムは、経済活動を保つための機構として重要なものである。職の有無に関わらず全ての市民に最小限の報酬を保証することは、生産活動や消費活動の継続の確保には不可欠である。それは更に、市場における無条件での信用付与の拡大や、自由な企業家精神の発展を容易にするものである。

 

このように、ベーシック・インカムは新しい社会主義の前駆的なパラダイムたり得るだけでなく、資本主義システムの永続性を保証することのできる活動でもあるのだ。
 

 

クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムの活動を通じてヘシヴィタスが得た経験からは、第三セクターであってもよりフェアな現実を育んで行くのに需要な役割を果たすことができることを証明している。本例はまた、公権力の支援をあてにしなくても、組織化された市民団体が主導して社会の変革に貢献できることを示している。

 

更に一般論として、市民団体には、その社会政策が、連邦政府の政策としてのみ実施されるだけでなく、州の政策としても制度化されるよう当局に対して圧力をかけていく必要がある。社会政策については、たまたま権力を占有しているだけの政治団体の裁量に従うままではいけない。国家の最優先事項として一貫して継続的なものであるという位置付けを得る必要があるのだ。

 

ベーシック・インカムは、社会発展のための必要条件であって、十分条件ではない。全ての社会関係が商業的な論理で支配されている資本主義体制のもとでは、金銭的な収入は、一人の人間が最低限の尊厳と生活上必要なものを得るための必須条件となっているのは明らかである。

 

しかし、重要なのは、発展という概念が、単なる経済的な側面を越えることができると考えることである。つまり、保健医療サービスや質の高い教育へのアクセス権のような、人間としてあるための完全な市民権を保証することが必要なのである。人間を強制し、疎外する労働という束縛から全ての人を解放する。要するに、全ての人が自分の才能と潜在能力を最高に発揮できる、本当に自由な社会を提供することになるのである。



脚注

1 世界銀行の算出方法によると、「貧困ライン」は一人当たり日額1.25米ドル以下と定義されている。

2 全ての人に自動的に支給されない助成金制度へのアクセスには、恥の感覚や臆病や無知によって、多くの潜在的受益者が手続を始めたり最後まで手続を完了することができない恐れのあるような、複雑な官僚的手続を必要とする。よって、無条件かつ官僚的でない簡素な所得分配という仕組みは、より安価、確実かつ効率的に
管理が可能となる。

3 様々な天然資源は全ての人類の遺産であることを前提とすると、全ての人が自然の豊かさの恩恵を受けるべきという論には説得力がある。グローティウス(1625)によると、地球は人間という種の共有財産である。シャルリエ(1848)にとっては、「[...]全ての人間には、神が造り出した天然資源を、自分が必要とするものを賄うことができるだけ、享受する権利がある。それ故に土地の私有は正義と両立しない。国家が最終的には唯一の土地の所有者となるべきだ」
(CHARLIER, 1848 apud VANDERBORGHT; VAN PARIJS, 2006, p. 46,47)。経済的な観点からも、ベーシック・インカム導入の必要性を支持する考え方を正当化できる。ミルトン・フリードマンは、1970年代に出版された記事の中で、貧しい人々に対して「大概は逆効果で、貧困を軽減するどころかそれを永続させることにしか役立たない、出費の多い官僚的な社会プログラムの迷宮に金を出し続けるより、年間の収入を保証する方が」余程良いと主張した(FRIEDMAN, 1971, p. 503)。更には、貧困者に直接的に支払う方が「[...]官僚の指図を受けることなく、自由市場での消費活動を自分自身の意思で決定できるので」より好ましいと述べた。

4 ベーシック・インカムが実際に適用された、2つの例について採り上げ、詳述することは重要である。1970年代、米国アラスカ州政府は、
アラスカでの石油資源探査の権利代の50%を別途積立て、アラスカ恒久基金を設立した。集められた資金は、債券、株式及び不動産事業に投資された。1980年代以降、投資結果の剰余金は、住民に分配されることになった。2007年を例にとると、全ての州民が一人当たり1,564米ドルを受け取った。「当然のことながら、1980年代以降全ての住民がGDPの約6%を毎年受領する権利があることは、アラスカを、合衆国内で最大の社会的平等が体現された州とした (LADEIRA, 2010)」。もう一つのベーシック・インカムの成功例はナミビアである。ナミビア・ベーシック・インカム給付連合と名付けられた社会実験では、2008年1月から、100ナミビア・ドル(月額12.5米ドルに等しい)を約1000人のOmitara村の住民に支給した。

5 法的な登記は
同年11月22日

6 2010年10月現在のデータ。


7 連邦政府によると、1,620万人のブラジル人が極貧状態にある。

8 
2003年、連邦政府によって制定されたボルサ・ファミリアは、貧困及び極貧の状態にある世帯の利益となることを目的とした、条件付きの直接的所得移転政策である。現在、一人当たり月収137レアル以下の世帯に対して給付されている。

9 この最低賃金は、幾度もボルサ・ファミリアの給付として充当された。

10 現在、14家族がベーシック・インカムの支給を受けている。

11 後に、近隣住民や、
クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムの第一回会合に出席した者も、毎月ベーシック・インカムを受領することとなった。

12 クァチンガ・ヴェーリョ・コンソーシアムは
1年間で終える予定であったが、ベーシック・インカムを賄うための恒久的な基金へ移行するまで、その存在期間は必要なだけ何度も延長される。

13 「実験参加者への直接の聞き取り調査によると、ベーシック・インカムの用途として、約28%が食糧、26%が衣服、14%が子供の学用品、10%が交通費、8%が医薬品、6%が建設資材であることが明らかとなった」(HOHLMANN, 2010, p. 247).

14 ベーシック・インカムは、失業や失業ぎりぎりの状態と戦うための重要なツールである。いかなる対価的な条件もなく全ての市民に毎月収入を給付することは、労働組合の集団としての力を高め、
特に労働条件の改善と労働時間の短縮を使用者に対して要求する際、労働者の交渉力を増大させる。ベーシック・インカムが確立されれば、労働者は、物理的又は倫理的な危険を伴ういかなるタイプの仕事も拒否できる十分な手段を持つことになる。自分の能力により適した活動に巡り会う機会を期待することも可能となる。「保証された、生存を確実にするのに十分な収入が得られる限り、労働者は提示されている雇用条件を受け入れるか否かを決定する、大きな交渉力を有することになる」 (SUPLICY, 2006, p. 98)。

参考文献

原文
http://www.artigocientifico.tebas.kinghost.net/uploads/artc_1312743026_72.pdf
 の REFERÊNCIAS を参照のこと。

【翻訳】ナミビアのベーシックインカム先行的社会実験についての論文

 

BIG CoalitionのPetrus氏の許可のもと、ナミビアのベーシックインカムについて論文を、干場康行さんが翻訳しました。下記、原文のリンク先と、日本語翻訳です。必ずしも正確な翻訳ではありませんが、文意は通じていると思います。もし誤りなどありましたら、ご指摘頂きますよう、よろしくお願いします。

 

英語原文

Pilot Project(Basic Income Grant Coalition - Namibia)

 

 

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先行的社会実験(パイロット・プロジェクト) 

 

 2008年1月から2009年12月まで、ベーシック・インカム給付連合(BIG連合)は、世界的に初めてとなるベーシック・インカム給付の先行的社会実験を、ナミビア Otjivero - Omitaraで実施した。 実験終了後は、国家としてのベーシック・インカム給付開始まで、実験参加者に対し、給付を途切れさせない目的でつなぎ手当が支給されている。

 

 

社会実験の来歴と背景 

 2006年末、ナミビアで先行的社会実験(パイロット・プロジェクト)を開始し、更なる一歩を踏み出すことがBI給付運動には必要であるという考え方が、BIG連合内部で強くなってきていた。その背景には、先行的社会実験の実施が、BI給付が現実に機能すること、そして、貧困緩和や経済発展に対して予想されるようなプラスの効果が実際にあることを実例として示せることがある。この考え方は、カメータ司教が中心となって、アパルトヘイト時代の英語媒介学校[英語を媒介語として授業で用いる学校]や非白人居住区の診療所のような具体例から(または神学的な「予言」から)ヒントを得たものだ。事実、つい最近の同様な例として、治療行動キャンペーン・「国境なき医師団」・ケープタウン州政府によって実施された社会実験がある。抗レトロウイルス(ARV)療法の提供は有効であるが発展途上国では実用的ではないと言われていた時に、彼らは、ケープタウンのある黒人居住区で治療プロジェクトを一斉に開始したのである。この先行的社会実験は成功し、間もなく、発展途上国でのARV療法展開に対する見解が改められることとなった。

 

BIG連合は、政府がこの種の金銭支給を責任をもって実施するよう働きかけることが最終目的である一方、自分たちの役割は模範を示すことである主張している。BIG連合は、ベーシック・インカムを、ある一つのコミュニティで行うための募金を集めた。そして、貧困者の救済や、貧困の低減や経済成長の観点から所得保証制度が何を引き起こすかを報告するといった実際的な活動を通じ、所得の再分配が正当であることの実例とすることとした。

 

BIG共同体は、2006年末、BIGの先行的社会実験の実施を決定した。開始は2008年。発展途上国での無条件かつ普遍的な所得保証の具体的な実験であり、この種の実験としては初めてのものであった。

BIG共同体は、所得保証制度が現実に機能すること、それが所期の効果を有することを実証するため、ナミビアのOtjivero - Omitara 入植地(人口約1,000人、ウィントフーク[首都]の東約100 kmに位置)において、期間限定(2008年1月から2009年12月の2年間)でBI給付を実施した。BIG先行的社会実験には、BI給付の際の推奨事項に沿って、その主張する以下の原則を遵守することが求められた。

 

・全ての人に給付されること、

・現金の受給資格であること、

・一種の所得保証制度であること、

・公平な再分配が行われるような制度であること。

 

複数の個人やキリスト教の信徒団体に寄附が行われ、国際レベルの支援も得られることとなった (世界にパンを、世界ルーテル連盟、 福音宣教連合、ラインラント福音教会、ヴェストファーレン福音教会、フリードリヒ・エベルト財団 等)。募金は、共同体の持つ様々なネットワークや関係者によって支えられていた。

 

 

社会実験の事業概要 

2008年1月、ベーシック・インカム給付 (BIG)先行的社会実験が、ウィントフーク[首都]の東約100 kmにある Otjivero - Omitara 地区で開始された。60歳以下の全ての住人は、一人一月辺り100ナミビアドルが、何の条件も課されずに給付される。給付金は、2007年7月の時点で当地での生活している者として登録された全ての人に、社会的・経済的状態に関係なく与えられる。

 

 

調査方法: 

BIG先行的社会実験の効果及び影響の評価は、継続的に行われた。調査は、ナミビア共和国福音ルーテル教会(ELCRN)の社会開発担当クラウディア博士/牧師とダーク・ハーマン博士/牧師、労働資源調査研究所のヘルベルト・ヤウフ氏とヒルマ・シンドンドーラ-モーテ氏、そして、献身的かつ熟練した臨時調査員の助力を得て実施された。国際的に著名な専門家による、高い知名度を持つ外部諮問グループが調査全体に関わった。その国際専門家チームは、調査方法の評価や、データや計算結果の確認だけでなく、Otjiveroでの実験参加者への面談を行うために、二度ナミビアを訪れた。これにより、調査結果の学術的・科学的水準が担保された。諮問グループのメンバーは以下の通りである。

 

・ ニコリ・ナトラス教授(エイズと社会調査ユニット・ユニット長、南アフリカ・ケープタウン大学 (UCT)経済学部教授)

・マイク・サムソン教授(南アフリカ・経済政策調査ユニット(EPRI)・ユニット長、米国・ウィリアムズ・カレッジ教授)

・ ガイ・スタンディング教授(英国・バース大学経済保障学教授、オーストラリア・モナッシュ大学労働経済学教授)

 

調査には、4つの互いに重複しない方法が用いられた。一つ目が、2007年11月のベースライン調査[事前状況把握調査]。次が、2008年7月と11月のパネル調査[対象固定調査]。三番目が、地域内の情報提供者からの情報収集。四番目が、Otjiveroに住む一人ひとりの生活に関する詳細な事例研究である。

 

 

実験結果: 

12ヶ月間のBIG実施後の主要な実験の結果は、以下の通りである。

 

・BIG導入前の実験地、Otjivero-Omitaraは、失業と飢餓と貧困の町であった。住民のほとんどは、他に行くところがないという理由でそこに住み続けており、生活は欠乏状態によって決定され、未来への希望はほとんどなかった。

 

・BIG導入は住民の希望に火をともした。地域社会は、住民を結集し、BIGの賢い遣い方について住民へ助言するため、メンバー18人からなる委員会を自ら立ち上げ、これに応えた。このことは、BIGの導入が、コミュニティの住民を団結させ、その自治能力の拡大を効果的に促進することができることを示唆している。

 

・BIGが特定の一地域に導入されたため、著しい規模での実験地への人口流入が発生した。困窮した家人が、例え自分たちが助成金は貰えなくても、BIGに魅了されて実験地内へ移住したのだ。このことは、特定の地域や町や家庭内への人口流入を回避するためには、BIGが全国一斉に導入される必要があることを示している。

 

・実験地への人口流入は、本研究のデータに影響を及ぼした。一人当たりのBIGによる収入は、2008年1月には89ナミビア・ドル/月であったのが、2008年11月には67ナミビア・ドル/月にまで落ち込んだ。そこで我々は、人口流入の影響を考慮しつつ、BIGの与える効果の分析を行うこととなった。

 

・BIG導入以降、貧困世帯は顕著に減少した。2007 年11月には住民の76%が食糧貧困ライン以下にあったが、BIG導入後1年以内に37%まで減少した。特に、人口流入の影響を受けなかった家庭では、その率は16%に達する。このことは、BIGの全国での導入が、ナミビアの貧困水準に劇的な効果を及ぼすであろうことを示している。

 

・BIG導入は、経済活動の増大をもたらした。利益獲得活動に従事した人の割合(15歳以上)は44%から55%に増加した。個人事業はもちろん、支払や儲けや家計の足しとするためにも、受給者が仕事を増やすことを可能にしたのだ。金銭給付は、特に、受給者が煉瓦作りやパン製造や洋裁のような小さな商売を自分で始めるような生産的な活動によって実働収益を増やすことを可能にした。また、家計の購買力を増大させ、地域の市場を作り出した。このような結果は、BIGが怠惰と依存をもたらすという批判者の主張と矛盾している。

 

・BIGは、子供の栄養失調の大幅な減少という成果をもたらした。WHOの測定方法によるデータを用いると、子供の年齢別標準体重については、標準体重未満の割合は2007年11月は42%であったが、2008年6月は17%、2008年11月には10%と、たった6ヶ月間で目覚ましく改善していた。

 

・BIG導入前は、貧困と交通手段の欠如が、エイズ感染者である住民の抗レトロウイルス療法(ARV療法)の利用を妨げていた。BIGは、滋養物の購入や薬物治療へ通うことを可能にした。更にこれは、住民がゴバビス[Gobabis、オマヘケ州の州都]まで通わなければならないことを考慮して、政府の決定により、ARV療法が実験地で受けられるまでなった。

 

・BIG導入前は、学校へ通うべき子供のほぼ半数がきちんと学校へ通えていなかった。進学率は40%であり、ドロップアウト率も高かった。多くの親が学費を支払うことができなかった。BIG導入後は、以前の倍以上の親(90%)が学費を払い、今ではほとんどの子供が制服を着るようになっている。経済的理由による不登校は42%減少したが、この減少率は実験地への人口流入による影響がなければ更に上昇していた筈である。学校からのドロップアウト率は、2007年11月の40%から2008年6月には5%にまで減少し、2008年11月にはほぼ0%となった。

 

・BIG導入後、住民は地域診療所を以前より定期的に利用するようになった。現在、住民は1受診当たり4ナミビア・ドルを支払い、診療所の収入は、一月当たり250ナミビア・ドルから5倍の約1,300ナミビア・ドルまで増加した。

 

・BIGは、各家庭の借入金の減少に寄与し、借入金の平均額は、2007年11月から2008年11月の間に1,215から772ナミビア・ドルに減少した。同時期、大家畜・小家畜・家禽の所有拡大を反映し、貯蓄の増加がみられた。

 

・BIGは犯罪の顕著な減少に寄与した。現地警察署の報告によると、全犯罪発生率は42%減少、うち家畜の窃盗が43%、他の窃盗がほぼ20%であった。

 

・BIG導入は、生存のための女性の男性への依存度を下げた。BIGによって女性は、自分の性生活を制御する手段を手に入れ、生存との引き換えに行わなければならないセックスの苦痛から、ある程度解放されたのである。

 

・BIGがアルコール依存症の増加をもたらすという批判は当たらないことが、経験上の証拠から言える。コミュニティの委員会は、アルコール依存症の増加の抑制を図っており、現地の酒店の経営者との間には、BI支給日にアルコールの販売を行わない旨、合意に至っている。

 

・BIGは、貧困を抑制し、貧困層の経済成長を促進する、社会防衛の一形態である。それは、ナミビアが国家目標として約束した千年紀発展目標の達成に、一つの政策として大いに寄与するであろう。

 

・ナミビア全土でBIGを導入するための費用は十分にある。純費用は120万から160万ナミビア・ドルであり、GDPの2.2?3%である。このような全国的な現金支給の場合の原資調達には、様々な方法がある。一つは、所得税の増加に連動して付加価値税を適切に調整する方法である。これであれば、全ての中低所得世帯が得をする。他の調達方法には、国家予算の優先順位付けの見直しと、天然資源への特別課税の導入がある。

 

・ある計量経済学的分析によると、ナミビアの担税力[租税負担能力]は、国家歳入を30%上回ることが分かった。現在の税の捕捉率は25%以下なので、ナミビアの税収増加の余地を考えると、BIGにかかる純費用を大幅に上回ることになる。

 

・ 全国的なBIGでは、数種の機関が長期給付金を支給することになる。

 

 

社会実験後の展開 

BIG連合は、Otjivero-Omitaraでの先行的社会実験での目覚ましい結果にも関わらず、ナミビア政府が未だに全国的なBIGの導入についてはっきりした態度を示さないことについて、失望とともに言及した。実験の結果は、BIGには、貧困と戦い、社会発展を促進し、地域経済発展の起爆剤となる効果があることを示した。BIGの与えたインパクトは、正に壮観であった。貧困水準や子供の栄養失調の割合は、登校率や診療所の利用の向上に伴って劇的に下降した。経済活動も同様に、犯罪発生率が下降する中、大幅に増加した。

 

BIG連合は、Omitaraでの実験結果を受け、全国的なBIGの実施にはナミビアの全ての地域のためになると確信している。それは有益かつ実施は可能であり、ゆえに、実施するか否かはひとえに政治的な意思の問題である。貧困者の困窮状態を軽減し、彼らが貧困から脱却して働くことができるようにする直接的な手段として、全国的なBIGは、かつてないほど必要とされている!

 

全国的な実施が遅れが、全ての貧困者、特にOtjivero-Omitaraの貧困者に損害を与えている。2年間の実施の後、BIG先行社会実験は予定終了時期の2009年12月を迎えた。BIG連合としては、住民が2年前のBIG導入前まで経験していた非人道的な貧困レベルへ逆戻りするのを傍観することはできない。よって、全国的なBIGの実施を要求する間、 家計を維持するための「つなぎ手当」を当面の間用いていくことになる。これは解決策ではなく、あくまで「一時しのぎ」であり、BIGの代替物ではない。「つなぎ手当」は実験参加者に限って支給され、その個人・コミュニティへの助成額双方に関する制限について周知されている。今後1年から2年の間に政府が全国でBIGを導入し、つなぎ手当が不要になることを期待している。

 

当面の間、社会実験に参加した全ての人に対して、80ナミビア・ドルの「つなぎ手当」が支給され、各人の郵便貯金口座に振り込まれている。ベーシック・インカムとしてはおよそ足りない額なので、我々は、この社会実験に参加し、このような目覚ましい成功をおさめた人々のために、実際に開発による利益を得るための支援を行おうと考えている。実験の参加者は、我々BIG連合だけでなく、来村し、数々の変化や新たな希望を目撃することとなった政治家、記者、テレビレポーターなど、ありとあらゆる種類の数多くの訪問者に刺激を与えてきた。更に、この実験は世界中で報道され、社会発展の新手法についての世界的な議論の対象の一つとなっている。実際ナミビアは、Otjivero-Omitaraの人々のお陰で世界に知られているのだ。彼らは、人権的なアプローチ、平等の哲学、神学的な尊厳に基づく限り、ほんの少しのお金が何を為し得るかを世界に対し示した。我々BI連合は、今回の実証経験と、肯定的な実例の存在が、他の人々に対し、当然に彼らが権利を有するものを要求するための後押しになることを心から望んでいる。すなわち、「全ての人にBIGを」!

 

 

©2011, Claudia & Dirk Haarmann - BIG Coalition

P.V.パリース最新書邦訳紹介

 

ベーシックインカム国際情報でお世話になっている鈴木武志さんが、P.V.パリースの翻訳専門のブログを立ち上げられました。重要な翻訳ですので、ぜひご覧ください。

 

ベーシックインカム論の国際的リーダー、P.V. Parijsの最新書”What's Wrong with A Free Lunch"の日本語訳

 

翻訳家・鈴木武志さん全訳『ただ飯食いは許されるか?ーベーシックインカムをめぐるヴァン・パリースと米欧論者の討論』ブログ公開されました!

● 「実現を探る会」のHPにもブラジルBI関連論文の翻訳を掲載していただいた翻訳家の鈴木武志さんが下記のブログにヴァン・パリース新著邦訳をまとめて公開されました。
『WHAT'S WRONG WITH A FREE LUNCH?』の全訳です。これから、BIEN関連の論文翻訳もどんどん掲載予定ということです。ぜひ、お読みください。

 

http://tks-forum2011.blog.ocn.ne.jp/

関曠野さん講演会「3・11以後~~原発事故をくぐった日本の将来を考える」

●調布市西部公民館主催 2011教育講座「遊学塾」(持続可能な未来を子どもたちに残すために)プレ企画 関曠野さん講演会

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演題「3・11以後~~原発事故をくぐった日本の将来を考える」

 

 

「戦前の日本帝国はヒロシマで終わり、戦後の日本株式会社はフクシマで終わった~~」(関曠野「図書新聞」3011号より)。3.11は、私たちに何をもたらし、私たちはどこへ向かえばよいのか。グローバルな歴史的視野で3・11以後を考える思想史家関曠野さんの講演会です。

9月24日(土) 午後6時~8時終了予定(開場午後5時30分より)
会場:調布市文化会館たづくり8F映像シアター(京王線調布駅南口徒歩3分)
http://www.chofu-culture-community.org/forms/menutop/menutop.aspx?menu_id=723

 

入場、無料  
定員:申込み順100名


お話 関曠野さん   プロフィール
1944年生まれ。評論家(思想史)。共同通信記者を経て、1980年より在野の思想史研究家として文筆活動に入る。思想史全般の根底的な読み直しから、幅広い分野へ向けてアクチュアルな発言を続けている。著書に『プラトンと資本主義』、『ハムレットの方へ』(以上、北斗出版)、『野蛮としてのイエ社会』(御茶の水書房)、『歴史の学び方について』(窓社)、『みんなのための教育改革』(太郎次郎社)、『民族とは何か』(講談社現代新書)などがある。また訳書に『奴隷の国家』ヒレア・べロック(太田出版)がある。現在、ルソー論(『ジャン=ジャックのための弁明 ― ルソーと近代世界』)を執筆中。

 

●主催
調布市西部公民館  〒182-0035 調布市上石原3-21-6

 

●お申し込み受け付けは、9月6日(火)午前10時からです。
担当石黒まで以下の電話・FAX・メールにてお願いいたします。

TEL 042-484-2531   FAX 042-484-3704
メール seibuk@W2.city.chofu.tokyo.jp


 

義援金配分で割れるのは当然!まずは、無条件・個人単位の所得保証からはじめよう

以下は、産経新聞の記事である。

 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110807-00000069-san-soci

 

この記事によれば、原発から30キロ圏内と圏外での義援金の配分に住民の不満が高まっているというものだ。このことを桜井市長が「市民の一体感はまだ未熟だった」と言われるのはよく理解できる。が、しかし、市長の思いとは別に震災・原発事故と日常生活を根底から脅かされている一般市民にとっては、暮らしを支えるお金の問題は深刻なものだ。

その「条件」をめぐって不満がでてくることに私は同情する。本来、対立しなくてもすむところに、国などの対応のまずさから余計なストレスが生じているのだ。

 ここは、まず、震災所得保障要求院内集会でも述べたように、無条件・個人単位の震災ベーシックインカムを実施しよう。個人単位で月に15万円が支給されれば、将来への不安も一時的に解消されるのではないだろうか。そして、その上に住宅手当・原発事故避難補償金などの各種、震災復興・福祉支援を構築していくのだ。義援金は、過去最高の額を集めたとはいっても、一律に配分してしまえばたいした金額にはならない。義援金もベーシックインカム支給の上での地域インフラ整備などに充てた方が合理的である。

このことを、ぜひ、行政・国に考えていただきたい。

再度、言おう。庶民の足のひっぱりあいを生ませている根本原因は「政策の無策」にある。

(文責 白崎一裕)

スプリシー論文翻訳『ブラジルの「ボルサ・ファミリア(家族賃金)」制度から「市民基礎所得」への転換の可能性』

ブラジルの「ボルサ・ファミリア(家族賃金)」制度から

「市民基礎所得」への転換の可能性  

(または)

ブラジルにおけるベーシックインカム実施の政治的困難性と財政的制約

 

【ベーシックインカム・アースネット(BIEN)(*) 第11回国際大会における報告

 

ブラジル上院議員、市民基礎所得ブラジルネットワーク代表

エドゥアルド・マタラッゾ・スプリシー (**)

 

【訳:鈴木武志】

【干場 康行ポルトガル語部分補訳】 

 

訳注(*) 1986年、ベーシックインカム欧州ネットワークとして設立され、2004年、国際ネットに。2年毎に国際大会を開催する他、website上で各国のベーシックインカムをめぐる動き、論文などを伝えている。www.basicincome.org 本報告は、2006年11月2~3日、南アフリカ、ケープタウン大学における第11回大会でのもの。本稿は、著者の承認のもとで翻訳・公開するものである。著者は第13回大会(サンパウロ)における報告の方を推奨したが、既に本稿が翻訳完了しているので、それは別の機会に譲ることとした。

訳注(**) 1941生まれ。ミシガン州立大学より文学博士号取得。企業経営者にして、ブラジル労働者党創立に参画。1980年、同党初の上院議員に当選。1996年以来、ジェトゥーリオ・ヴァルガス財団経営大学院経済学部教授。同国におけるベーシックインカム制度提唱を主導。BIEN共同代表をへて、現在は名誉共同代表、顧問理事会メンバー。

 

 ブラジルの著名な地理学者で、サンパウロ大学教授のアジス・ナシブ・アブ・サーベルは、リオ・クラーロのUNESP “Júlio de Mesquita Filho”(サンパウロ州立大学「ジュリオ・ヂ・メスキータ・フィーリョ」[http://pt.wikipedia.org/wiki/Universidade_Estadual_Paulista_

J%C3%BAlio_de_Mesquita_Filho 大学の複数の施設の一つの名称。ジャーナリストの名前を冠している。]) 名誉教授に任じられた先週、82歳を迎えたが、万人への無条件のベーシックインカムを支持する重要な論点をもつ社会哲学の論文を完成させた。そのなかで彼は、「生まれるべき場所も、子宮も、家族の社会・経済的条件も、選ぶことは誰にもできない。どこに生まれるかは偶然が決める」と述べている。この現実は、我々が、もっとも劣悪な条件と場所で生まれた人々を含む、すべての人類のことを考えることの重要性を熟慮べきであることを求めている。

 

「市民基礎所得」法が成立

2004年1月8日、ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァは、2003年に国会で承認された法律第10,835号を裁可した。これは、ブラジルに最低5年以上住んでいる外国人を含むすべての住民に、その社会的・経済的状況にかかわらず「市民基礎所得」を支給するものである。この基礎所得は、均等額であり、国の発展レベルと財政的限度を考慮しつつ、各人のニーズをかなえるに十分であり、年払いまたは月同額分割払いで支給される。「市民基礎所得」は、もっとも必要とする人々を優先した執行基準に従って、段階的に導入される。

 

既存の所得補助制度の「家族賃金」への統合

2003年10月にルーラ大統領によって制定された「ボルサ・ファミリア(家族賃金)」制度は、ベーシックインカムの実施に向けた1ステップと見ることができる。その際、大統領は、いくつかの既存の所得移転の諸制度を統合したのである。

私が1991年に上院議員に初当選した頃を思い起して欲しい。私は、「負の所得税」をとおした「最低所得保障」制度を提案した。月150米ドル以下の成人すべてが、財政的可能性を考慮した執行基準に基づいて、このレベルと本人所得の間の30%~50%の割合の補完所得を受給する権利をもつことになるものであった。この提案は、1991年12月、上院で承認されて下院に送られた。下院では財政委委員会から賛成の報告がなされたが、[総会での]採決には至らなかった。

しかしながら、それ以降、いくつかの進展があった。既に1980年代後期には、ブラジリア大学教授クリストーヴァン・ブアルケは、貧困家庭が子供たちを学校に行かせるための奨学金の支給を検討していた。1991年、ベロ・オリゾンテで開かれた、労働党に関係した経済学者たちのセミナーにおいて、ジョセ・マルシオ・カマルゴは、私や、最低所得制度の熱心な支持者アントニオ・マリア・ダ・シルヴェイラ教授とで、貧困家庭がその子供を学校に送っている限り、扶助金を与える制度とするよう議論した。子供たちが家計を支えるために、未熟なうちに働き始める代わりに、学校に行けるようにするためである。

1995年、こうした路線に沿った2つの先駆的実験がほぼ同時に開始された。カンピーナスでは、ジョゼ・ロベルト・マガリャンィス・テイシェイラ市長(社会民主党)は、14歳までの子供がいて平均所得が最低賃金の半分以下の家庭で、7~14歳の子供を学校に行かせている限り、所得補完を提供する「最低保証家族所得」制度を開始した。この扶助金は、該当家庭の全員に、最低賃金の半分を補完するに必要なものである。それは、100%の負の所得税の一種であり、子供の就学を条件づけるものであった。ブラジリア連邦直轄区では、知事クリストーヴァン・ブアルケ(労働者党=PT)が就学機会に関連づけた最低所得(ボルサ・エスコーラ)制度を開始し、7~14歳の子供がいて学校に行っている限り、すべての家庭(1人当たり所得が最低賃金の半分以下の場合)に、その家族の規模にかかわらず、最低賃金と同額の補完所得を与えるものである。

こうした路線に沿った制度が多数の地域の自治体(市・郡)で開始され、全国に拡がった。国会では、下院議員のネルソン・マルシェーザン社会民主党【連邦直轄区】)、ペドロ・ヴィルソン(労働者党【ゴイアス州】)シコ・ビジランテ(労働者党【連邦直轄区】)、上院議員のジョゼ・ロベルト・アルーダ(社会民主党【連邦直轄区】)、ネイ・スアスーナ(民主運動党【パライバ州】)、レナン・カリェイロス(民主運動党【アラゴアス州】)によって新たな提案が行われ、上記のような制度の制定を連邦政府に促すこととなった。1996年、大統領宮殿において、私はフィリップ・ヴァン・パリース教授(*)とともに,フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ大統領を含む聴衆の前で講演した。その機会にヴァン・パリースは大統領に、この提案は人的資本への投資としての意味があるので、就学機会に関連づけた最低所得保障制度を開始する良いステップとなることを説得した。こうして1997年、国会において法律第9,533号が承認され、同大統領が裁可したのである。これは、地方政府が就学機会に関連づけた最低所得保障を制定するための資金の50%を連邦が提供することを定めたものであった。これは、国内のより貧困な地方から始まって、5年間で徐々に開始することとされた。

 

訳注(*) Phlippe Van Parijs。ベルギーのキリスト教大学ルーヴァン校、経済・社会・政治学部教授。1991年以来、フーバー経済・社会倫理学講座主幹。欧州におけるベーシックインカム論の発掘と再興・発展、BIENの創設を主導し、その議長を経て、現在は顧問理事会議長。主著”Real Freedom for All: What (if anything) can justify capitalism?”(邦訳『ベーシックインカムの哲学:すべての人にリアルな自由を』(勁草書房、2009年)

 

連邦・自治体合意による全国化

1998年8月、上院は、最低所得保障制度の経験に関する国際セミナーを開催した。出席者は、ガイ・スタンディング、ロバート・グリーンスタイン、マリア・オザニーラ・シルヴァ・イ・シルヴァ[まるごと人名です]、レナ・ラヴィナス、クリストーヴァン・ブアルケと、既に就学機会に関連づけた最低所得保障制度の先駆的経験をもついくつかの首長、ムンド・ノヴォ(マットグロッソ・ド・スル州)のドルセリーナ・サルヴァドール、ベレン(パラー州)のエジミルソン・ロドリゲスなどであった。これは、勇気づけられる出来事であった。(1)

2001年4月、新しい法律(第10,219)が国会で承認され、カルドーゾ大統領によって裁可された。これは、「ボルサ・エスコーラ」として知られる就学機会に関連づけた最低所得保障制度を採用するよう、連邦がすべての自治体と合意を取り付けることを認めたものである。就学している6~15歳の子供がいる家庭で、平均所得が最低賃金の半分以下の家庭に、子供1人で月額15レアル[約777円、1レアル=約51.8円]、2人で30レアル[約1,554円]または3人以上で45レアル[約2,331円]の受給権を与えるものである。

2001年6月、法律第10,689によって、同様の給付制度が創出された。「食料援助」と呼ばれ、同じ所得階層で、0~6歳児または妊娠中・授乳中の母親がいる家庭で、健康省が勧める予防接種を子供が受け、母親が健康センターの世話を受けていることを条件として、上記と同額を給付するものである。

2002年1月、カルドーゾ大統領は法令にもとづき、「ガス料金補助」制度を制定した。これは、1人当たり月所得が最低賃金の半分以下の家庭すべてに、家庭用ガスの購入用に、15レアル[約777円]を給付するものである。

ルーラ大統領政権の初期の2003年2月、「飢餓ゼロ制度」が制定された。それは、政権の所得移転制度の柱として、1人当たり月平均所得が最低賃金の半分以下の家庭に、50レアル[約2,590円]を支給する「フード・カード」制度である。この給付金は食品以外には使えないものである。

2003年10月までに、「児童労働根絶プログラム」(PETI)なども含む、こうした同様の制度の重複を考慮して、ルーラ政権は、「家族賃金(ボルサ・ファミリア)」制度に統合することを決定した。2006年4月以降、1人当たり所得月50レアル[約2,590円]~60レアル[3,108円]以下の家庭への平均給付額は、ほぼ3倍となった。50レアル(子供1人の場合)+15レアル(2人の場合)+45レアル(3人以上の場合)である。1人当たり月額所得が60レアル~120レアルの場合、給付金はそれぞれ15レアル、30レアル、45レアルだけである。支給条件は、6歳までの子供が健康省の定めるスケジュールに従って、必要な予防接種を受けていること、妊娠中・授乳中の母親とその新生児が健康センターに掛かっていること、7~15歳11カ月の子供が学校の授業の最低85%に出席していることである。この法律は、始めは暫定措置として制定されたが、まもなく法律第10,836号として承認され、2004年1月9日に裁可された。上述の諸法律はつねに、国会に議席をもつすべての政党によって承認されたことは銘記されるべきである。

 

原注(1) Suplicy, Eduard Matarazzo, editor, Renda Minima, Discussoes e Experiencias. Conferencia Internacional,1998.

 

「家族賃金(ボルサ・ファミリア)」制度による貧困層の縮小

この所得移転制度は、急速な拡大を見た。2003年12月、「家族賃金(ボルサ・ファミリア)」制度の受給家庭は、全国で350万だったが、2005年12月には850万家庭、2006年10月には1,111万家庭となったのである。1家庭=約4人と推定すると、これは、4,450万家庭、全人口のほぼ4分の1に相当する。「家族援助(ボルサ・ファミリア)」制度は、26の州と連邦直轄区(ブラジリア)の5,561自治体のすべてで導入されている。とくに1人当たり所得120レアル[約6,216円]の家庭のすべてへの給付という目標を達成した「家族援助(ボルサ・ファミリア)」制度には、正味の給付金だけで見ても、86.1億レアル[約4,460億円]の予算が充てられている。これはブラジルのGDPの約0.41%に相当するが、社会開発省の今年の予算240.5億レアルのごく一部に過ぎない。社会開発省は、高齢者や障がい者のための所得移転制度である「継続的保護給付」という重要な制度を管轄しており、その予算は135.3億レアル[約7,000億円]である。ジェトゥーリオ・ヴァルガス財団社会政策センターの行った、ブラジル地理・統計研究所のデータにもとづく調査によれば、2003年、人口の28.2%が1人当たり月121レアル[約6,268円]以下で暮らしていたが、この割合は2005年には22.7%に低下した。これは、絶対的貧困人口の19.18%の累積的低下に相当するが、1993年から95年までの18.47%の低下を上回る大きな改善であった。(2)

絶対的貧困人口の低下を政権の期間で見ると、カルドーゾ大統領(1995~2002年)の間は21.8%、ルーラ大統領(2003~2005年)の最初の3年間で15.16%であった。絶対的貧困人口の割合は、1995年の28.79%から2002年の26.72%に低下した。ブラジルのジニ係数(***) は、1990年代は世界の最高レベルに属し、93年には0.607に達したが、97年にはわずかながら0.600に低下し、そして2002年には0.589となった。ルーラ政権の間、徐々に低下が続き、2003年は0.583、2004年は0.572、2005年は0.568となった。2005年、人口の50%を占める最貧困層は国民所得の14.1%、次の40%が40.8%、残り10%の最富裕層が45.1%を得ていた。この構図は、より公平な社会の建設のために、さらに多くのことがなされるべきことを示している。

 

原注(2) Nery Marcelo Cortes, Coordinator, Miséria, Desigualdate e Establidade: O Segundo Real, Sumario Executivo, Centro de Socias, Fundação Getúlio Vargas, 2006.

訳注(***) 国民所得分配係数。社会の所得分配の不平等さを測る尺度として、イタリアのコッラド・ジニが考案

上院議員へ再選、「市民基礎所得」への前進

もうひとつ思い起していただきたいのは、私が1990年代初期、負の所得税をとおした最低所得保障制度を提案して以来、BIENの創立と、フィリップ・ヴァン・パリース、ガイ・スタンディング、ジェイムス・エドワード・メイド、クラウス・オッフェ、ロバート・ヴァン・デル・ヴィーン、ウォルター・ヴァン・トライアー、ルーベン・ロ・ヴオロ、マイケル・サムソン、ダニエル・ラヴェントース、カール・ウィダークィスト、等々の貢献によって興された、無条件のベーシックインカムに関する議論をますます知るようになった。所得分配の改善、文明社会の創出、万人への真の尊厳と自由の賦与による、絶対的貧困の解消という目的を達成する、より良い方法は、「市民基礎所得」の制定であると、ますます確信するようになった。これこそが、私の上院の2回目の任期(1999~2006年)中であった2001年に、「市民基礎所得」制定を提案した理由である。これは、2002年、上院において承認され、2003年に下院の委員会においてほぼ満場一致で承認され、2004年1月、ルーラ大統領によって裁可されたのである。

しかし、現状はどうか? ブラジルにおいてベーシックインカムがどの程度まで議論されているか? 最近の大統領選挙[2006年]において、候補者間の議論のテーマとなったか? その1回目は10月1日、2回目(労働党のルーラ対社会民主党のアルキミン)は先週10月29日であった。

今年の上院選挙戦における私の100回を超える講演や演説のすべてにおいて、「市民基礎所得」実施のためのたたかいと続けることを、つねに強調した。サンパウロ州(人口4,100万人、有権者2,800万人のブラジル最大の州)でたった1つの上院議席を19人で争う選挙だった。私の主要な競争相手は、大統領候補アルキミンと連携した自由戦線党[2007年解散、現民主党(DEM)に継承 http://bit.ly/l5Fv1Z ]のギリェルメ・アフィフィ・ドミンゴスであったが、彼は、経済活性化のための減税政策を主張した。朗報であるが、私はその構想を上院で主張し続けることができることになった。3期目(8年)の上院議員に再選されたのである。1990年の選挙では、420万票(得票率30%)、98年には670万票(43%)を獲得したが、今回は896万票(47.82%)を獲得した。ベーシックインカムについては何も語らなかった第2位候補者は、820万票(42%)であった。

重要なことは、ベーシックインカムが既に国会で採決されるべき法案になっているのもかかわらず、7人の大統領候補による最初の討論会でも、2人による2回目でも、議論の中心とはならなかったことである。彼らは、「家族賃金」制度については熱心に論じた。これが成功した制度だと考えられているので、すべての候補者がその拡大と改善をしようとしていると主張した。なかには、条件づけを厳しく要求することに言及した者もいた。「家族賃金」制度は、ルーラ大統領が全国に拡がる貧困層からの支持とあいまって、ブラジルのもっとも貧困な地方から主な支持を獲得するのに貢献したのは確かである。

 

ブラジル経済・財政の改善とルーラ大統領の再選

もちろん、2003年から2006年までのルーラ政権に多くの積極的な側面があり、それが彼の大統領再選に貢献した。インフレ率の低下(2002年の12.5%から2006年予測3%へ)、輸出の増加(2002年の600億米ドルから2006年1,340億米ドルへ)、貿易収支の改善(2002年の131億米ドルから2006年410億米ドルへ)、外貨準備高の増加(2002年378億米ドルから2006年767億米ドル)があった。経済(GDP)成長率は、それほど目覚ましくはなく、2003年0.5%、2004年4.9%、 2005年 2.3%、2006年予測3%であった。しかし、創出された雇用数は、その前の8年間に比べて顕著に大きかった。新規雇用数は8,000に対して105,000であった。カントリーリスク率(****)は、2002年12月の1,446から2006年10月26日の211へと低下した。GDPに対する公的債務残高の割合は、2002年の57%から2006年の50%と低下した。2005年8月以来、基準金利は、現在の13.75%(実勢年利9.3%に対応)までに下がり続けた。これはまだ高い水準ではあるが、この傾向は、今後、物価の安定を伴うより高い経済成長率の期間を始動するであろう。

8候補者が参加した10月1日の第1回投票を得票率48.61%で勝利した後、4週にわたる全国テレビネットワークでの4回の公開討論と、すべてのラジオ・テレビ局での各候補ごと20分の毎日の番組を経た第2回投票で、ルーラ大統領が再選された(10月29日、得票数5,829万、得票率60.83%)。対抗馬のゲラオ・アルキミンは、得票数3,754万、得票率39.17%であった。

BIEN共同議長としてガイ・スタンディングと私は、ルーラ大統領に、このBIEN第11回国際会議に公式メッセージを送るよう要請した。選挙戦の最終日で多忙であったにもかかわらず、彼は、その勝利の数日前に次のようなメッセージを寄せてくれた。

 

訳注(****)海外投融資や貿易を行う際、対象国の政治・経済・社会環境の変化のために、個別事業相手が持つ商業リスクとは無関係に収益を損なう危険の度合い

 

(略) ルーラ大統領(当時は候補)からのメッセージ

 

「市民基礎所得」制度の利点

ご覧のように、ルーラ大統領は、無条件のベーシックインカムをブラジルにおいて実現する日を明言していない。我々は、それが近い日だとは思わない。いずれにしても、私の講演、演説や著書で述べたように、「市民基礎所得」が完全に実施された場合には、次のような効果が得られると主張してきた。

 

●  所得扶助を受給するために行われる各自の所得調査に伴う、役所仕事の解消

●  所得補完を得るために自分の稼得を告げる時の恥辱感や不名誉感の解消

●  同一のコミュニケーション手段を通じて全国民に、平等な基礎所得を受け取る権利とすぐに受給する方法の説明を容易にする。

●  所得が一定のレベルに達しない場合に、どのような人・家族が補助を受給する権利があるかを定める諸制度のなかの、貧困と失業のワナを原因とする、依存的現象を終わらせる。[既存の諸制度が]仕事からの所得が一定レベルに達した場合には、政府は扶助を引き上げることを知っているので、経済活動への参加意欲を削ぐ。「市民基礎所得」の場合は、仕事からの所得の増加と各人のイニシャティブ[による所得]は、追加的なものとなる。誰でもがその所得のレベルにかかわらず同一の給付を受け取る。

●  「市民基礎所得」の保障はつねに、有効な雇用努力をもたらす。働いているか失業しているかを問わず、人が基礎所得の満額を保持することができるならば、働いている場合には失業している場合よりも、生活状況が改善される。

●  人間としての尊厳と自由の観点からもっと良いことは、国民とその家族が継続して、ブラジル国民のパートナーとしての市民の不可侵の権利として、ベーシックインカムを受け取ることを知ることである。それは、贈り物や慈善ではなく、すべてのブラジル人が街の公園で散歩したり、行きたければコパカバーナ[リオデジャネイロ市の南部にある海岸]に泳ぎに行くなど、富者も貧者も同じように何でもする権利と同じく、市民の権利である。

●  「市民基礎所得」にこのような利点があるにもかかわらず、すべての人に仕事を保証した方が良いのでは、と問う人が多い。経済理論と経験が示すところでは、万人へのベーシックインカムの保障は、社会の完全雇用の達成に大きく貢献することができる。さらには、基礎的なモノやサービスへの需要は、ベーシックインカムの給付によって増加する。これは、経済成長と雇用拡大へのインセンティブとして機能する。

●  市場は、人々がやりたい活動、やる必要がある数多くの活動に報いることはない。例えば、自分の子供に授乳している母親、子供の教育・保護のためのケアを行っている親のことである。あるいは、我々の親が年を取り、そのケアを始める場合である。我々のコミュニティ、教区、協会、学生ユニオンやクラブなどには、我々がやりたいたくさんの活動(普通は無報酬)がある。こうした活動は、ヒューマニティの基礎であるが、市場から認められることはめったにない。ゴッホやモジリアニがその天才的な作品を描いた時、それらを売ったとしても、それで生き延びることは難しかった。今日では、これらの作品は、数百万ドルで売られている。

●  もうひとつの主張も考慮に入れるべきである。多くの国と同様にブラジル憲法は、私的財産所有の権利を認めている。これによって、工場や農場・レストラン・銀行・金融債券・不動産などをもつ人は、収益・賃料・利息などの形での所得を得ることが許されている。しかし、憲法には、こうした条件にある人が、所得に応じて、働くことや、子供を学校に行かせる義務があるとは書いていない。しかし、資本をもつ人の大半は仕事をし、子供を学校に、それも最良の大学にも行かせている。それは、彼らが進歩に関心があるからである。それは良しとして、問題は、裕福な市民が資本から私的所得を得る権利を保障しているのに、すべての市民がこの国のパートナーとなる権利、完全な市民権を保障する適度の所得を受け取る権利をなぜ保障できないのかということである。

●  加えて、ベーシックインカムの保障が採用された場合、経済の成長と競争力の強化に貢献できるメカニズムとなることである。この点は、既に所得移転制度を採用している先進諸国の経験を分析すれば、より理解されるであろう。おもに、30年前にアラスカにおける「恒久基金」の創設で始まった、ベーシックインカムの先駆的経験の結果を観察することによってである。

 

 

アメリカの所得移転制度の変遷

1968年、ロバート・ランパン、ハロルド・ワッツ、ジェイムス・トービン、ポール・サミュエルソン、ジョン・ケネス・ガルブレースと1,200人の経済学者が、アメリカ連邦議会に、最低所得保障制度の制定を提案した。ニクソン大統領は、ダニエル・パトリックを召喚した。彼は、ケネディ、ジョンソン両大統領とともに、貧困とたたかう制度の設計のために働いていた。1969年8月、彼は、負の所得税を創出する「家族支援計画」案を提出した。家族の所得が3,900ドル以下の家族すべてに、そのレベルと所得の差額の50%を受給する権利を与えるものであった。

ダニエル・パトリック・モイニハンは、その著書『政治と保障所得』(1973年)において、保守派が「家族支援計画」で提案された最低所得保障を打ち破るために、進歩的支持者の大きな矛盾と誇張された要求をいかに利用したかを分析した。ある者は、年5,500ドルのベーシックインカムを要求したが、それは当時の財政を破綻させうるものであった。また、「AFDC(扶養児童補助)」制度や「フード・スタンプ(食料切符)」制度などの既存の制度との代替に反対する者もいた。とくに、食料生産州からの上院議員は、所得保障が第一次的ニーズ商品(とくに食料)の購入に充てられることを理解せずに、既存制度の防御に回った。また、働かざる者への所得給付の特権に反対する者もいた。(3)

 

原注(3) MOYNIHAN, Daniel Patrick. The politics of a guaranteed income -The Nixon Administration and the family assistance plan, New York: Random House, 1973.

 

マクガヴァン大統領候補の「デモグラント」構想からEITCへ

1972年、ニクソン[共和党]は再選を狙って、立候補した。相手はジェイムス・トービンやロバート・ソローという、著名なノーベル経済学賞受賞者の支持を受けたジョージ・マクガヴァン[民主党]であった。彼らは1人年1,000ドルの「デモグラント(demogrant)」(*)(社会的配当)制度を提案していた。マクガヴァンは敗退し、無条件ベーシックインカムの利点を人々に理解させることに失敗した。2005年2月、ワシントンのウッドロウ・ウィルソン研究者国際センターにいた私は、彼に電話し、同様の提案がブラジルで法定され、段階的に導入されることを話した。フロリダのある島にいたマクガヴァンは、そのニュースに喜び、「人は私のことを、時代に先走った男と言っている」と付け加えた。

後に1974年、民主党上院議員ラッセル・ロング(ルイジアナ州)提出の法案を可決した。それは、負の所得税の部分的導入となる、「勤労所得税控除(EITC)」である。働いていない者への所得保障についての、上院での議論で表出した憂慮に直面してラッセル・ロングは、家族の誰かが雇用されている家族のみへの補完所得制度を提案した。雇用されて働きながらも一定レベルの所得に達しない家族に、社会保障への支出として減殺された額を保障するための所得を与え、その扶養児童のケアを扶助し、貧困ラインからの離脱に貢献するものであった。EITC」は、共和党ジェラルド・フォード大統領時代の1975年に立法された。

民主・共和両党の支持のもとで、EITCは、ロナルド・レーガン、ジョージ・ブッシュ大統領、より顕著にはビル・クリントン大統領のイニシャティブで、1986年、1990年、1993年にそれぞれ拡大された。その自伝『マイ・ライフ』おいてビル・クリントンは、その政権における「勤労所得控除」の重要性に17回も言及している。彼は、EITCを子供のいない家族に拡大すること、子供のいる家族への額を倍加することのために、「民衆第一」のモットーに基づいて、いかに決断したかを強調している。この拡大は、アラン・グリーンスパン率いるFRB(連邦準備制度理事会)が採用したもののようなその他の手段と相まって、クリントン政権の8年間で、経済活動の拡大と雇用レベルの上昇に貢献した。失業率は、1992-3年の約7.5%から2000年の3.9%に低下した。

2003年、子供なしで年間所得12,230ドル以下、子供1人で30,666ドル以下、2人以上で34,692ドル以下の家族は、税額控除を受ける権利を与えられていた。子供2人以上の家族の場合、控除額は上限の10,510ドルである。家族の所得が1,0510~14,730ドルであれば控除上限は4,204ドルである。14,730ドルから始まって、控除上限は、その上限を超える金額のそれぞれ21.06%ずつ減少する。このようにしてEITCは、年所得34,692ドルの夫婦の場合は、控除0となる。このポイントから上の家族は、所得税の支払いが必要となる。

 

訳注(*)  demo=人民、Grant=贈り物。「人民への贈り物」の意味だが、民主党(the Democrats)に掛けたものと思われる。

 

所得格差のわずかながらの縮小

2004年、アメリカ政府は、約393億ドルを国内の2,150万余りの家族・個人に支給した。子供1人の家族に支給したEITCの平均額は、2,100ドルであった。これは、アメリカ社会が、働いていながらも一定レベルの所得が得られていない者への大きな所得移転を行ったことを意味する。それによって、この制度がない場合に比べて、もっと多くを稼ぎ、より高い程度の満足感と生産性を獲得できるようにしたのである。そのため、アメリカ企業は、同様のメカニズム(より合理的な選択としては「市民基礎所得」のような制度)のない他の国(ブラジルや南アフリカ、アルゼンチンなど)の企業に比べて、高い競争力を得たのである。今日のアメリカにおいて、時給5.15ドルの最低賃金を得ている労働者が月160時間働けば、月824ドル、年9,888ドルの所得となる。妻と2人以上の子供のいる労働者が年に10,000ドルの所得であれば、EITCによって4,000ドルの税額控除を受ける権利がある。その場合の年間所得は14,000ドルとなる。アメリカ経済と直接の競争関係にある国々のいくつかで、同様のメカニズムが採用されている。例えばイギリスでは、2000年に「家族税額控除」制度を導入している。今日、家族持ちで月収800ポンド[約102,400円,1ポンド=128円]のイギリスの労働者は、400ポンド[約51,200円]の税額控除の権利がある。

アメリカにおける他の制度変更のなかで私が気づいたものは、AFDC(扶養児童家庭扶助)、EA(緊急援助-就労機会)の終了である。これらは、TANF(必要家族への一時的援助)に置き換えられた。これは、要件が厳しくなり、その制度下に入ってから一定の期限内に就労を開始することを要求している。給付は、最大5年間である。

強調すべきことは、EITCがアメリカのもっとも重要な所得移転制度となったにもかかわらず、約80もある所得保障制度のひとつであることである。2002年、公衆保健制度を含むそれらの制度の財政支出は、5,220.2億ドルとなり、そのうちの3,732億ドルは連邦の制度のもので、1,490億ドルが自治体・州のものである。全体として、これらの福祉支出は、GNPの5%に相当した。2002年の受給者数の平均は、「フード・スタンプ」だけでも2,020万人に上り、TANFで510万人、生活保護(SSI)で690万人、保健サービスで5,090万人、EITCで1,680万人に上っている。(4)

財政・政策プライオリティ・センターのロバート・グリーンスタインとアイザック・シャピロの調査によれば、EITCは、労働市場における親とシングル・マザーの大きな増加をもたらし、労働者のなかでの富裕層と貧困層の所得格差の拡大を緩和する結果となった。460万人以上(240万人の子供を含む)を貧困から脱却させた。1995年1月1日、フェルナンド・ヘンリケ・カルドーゾ大統領の就任の機会にアルベルト・ヒシュマン教授がブラジルを訪れた際に、私はクリントン大統領によるEITC拡大についての意見を求めた。彼はすぐに、「最高の成果だ」と答えた。

 

原注(4) Congress Research Service, The Library of Congress, Report for Congress received through the CRS Web, “Cash and Non-cash Benefits for Persons with Limited Income: Eligible Rules, Recipient and Expenditure Data, FY 2000-FY2002, November 25, 2005, Complied by Vee Bruke.

 

「アラスカ恒久基金」による所得保障

しかし、EITCよりも良い制度のひとつが無条件のベーシックインカムであるという証拠がどこかにあるだろうか? それはアメリカにある。1960年代初期、アラスカ州の小さな漁村ブリストル・ベイの村長が、村の大きな富が魚の形で得られていることに気づいた。しかし、多くの村人は貧しかった。そこで村長は、魚の価格に3%課税し、全員のものとなる基金をつくることを提案した。そのアイディアには抵抗が大きかった。ただの新税だと受け取られたのである。しかし、5年後、彼は村を説き伏せた。制度は成功し、10年後に彼はアラスカ州知事となったのである。アラスカでは巨大な量の石油が発見されていた。

1976年、ジェイ・ハモンド知事は、30万の市民に、自分たちの世代だけでなく将来の世代のことも考えるよう訴えた。石油その他の天然資源は、再生不能である。天然資源の利用のロイヤルティ収入の50%を分離して、全員のものとなる基金を創出しようではないか。この提案は、州議会だけでなく住民投票(賛成76,000、反対38,000)によって、州法の改正として承認された。この基金をどのように運用するか、5年間にわたって議論された。誰かが開発銀行の設立を主張した。それに対して、それは、既に富を成している起業家に、補助金付きの資金を提供することになる事実に注意を喚起した。彼らは会社を興し、仕事をつくるだろうが、ブラジルと同様に所得の集中に結果するだろう。万人が受益する平等な分配に回した方が良い。

それ以来、天然資源の利用のロイヤルティ収入の50%が、国債、州内企業の株に投資されて経済の多様化に貢献し、アメリカ企業の株、外国企業(ブラジル企業24社を含む)の株に投資され(「アラスカ恒久基金」による)、また不動産に投資された。「基金」の価値は、1980年代の10億ドルから、2006年には350億ドルへと増加した。各人は、1年以上アラスカに住んでいる限り、非常に簡単な手続きで家族全員を含めて、80年代の年300ドルから2006年の1,106.96ドルまでの配当を受け取ったのである。

EITCなどのすべての所得移転制度をもって、90年代のアメリカは、成長を成し遂げた。しかし、2002年のBIEN国際大会でスコット・ゴールドスミス教授が指摘したように、89年から99年までに所得の集中が見られ、20%の最富裕層が平均26%もの所得増加を得た一方で、20%の最貧困層の所得増は12%に過ぎなかった。(5) アラスカでは、毎年、GDPの約6%を全住民(現在、70万人)に平等に分配する「恒久基金」のお蔭で、20%の富裕層の所得増は7%、20%の貧困層のそれは4倍の28%であった。アメリカ50州のなかでアラスカは、もっとも平等な州になったのである。ゴールドスミスによれば、「アラスカ恒久基金」の配当制度を止めようなどと言うのは、政治リーダーにとって自殺行為だという。学校で学ぶ数学問題の証明の終わりでいつも言うように、「QED(証明終わり)」である。

 

原注(5) Goldsmith, Scott “The Alaska Permanent Fund Dividend: An experiment in wealth distribution”. In Guy Standing (Org.) Promoting income security as a right: Europe and North America. London. Anthem Press, 2004, pp.549-6

 

イラクに「アラスカ恒久基金」提案を

私は、この第11回国際大会を、昨年、83歳で亡くなったジェイ・ハモンドに敬意を表するために捧げることを提案したい。私は彼と、2004年のアメリカ・ベーシックインカム保障ネットワーク(USBIG)の国際会議で同席した。トーマス・ペインの『農地の正義』(1795年)(6) を知っているかどうか尋ねた。これは、フランス国民議会に「アラスカ恒久基金」を提案した論文であった。彼は知らなかったが、アメリカ革命とフランス革命の主要なイデオローグのひとりの主要な構想のひとつを適用したものだったことを知って喜んでいた。2005年に終わる生涯の晩年、彼はジョージ・W・ブッシュ大統領に、アメリカからイラクに対して、「アラスカ恒久基金」配当制度の例に倣うよう提案することを説得していた。『フォーブス』編集長スティーブ・フォーブスも、同様の講演を行ったことがある。2003年にこの提案に賛成したのは、セルジオ・ヴィエリア・デ・メロ、ポール・ブレマー三世、ガイ・スタンデイング、スティーブ・シャファーマン、スティーヴ・クレモンス、他であった。私は、このBIEN第11回世界大会がイラク国民に対して、アラスカの配当制度の例に倣って、ベーシックインカムを導入することが民主化と平和に大いに貢献すると、我々がいかに信じているかを伝えることを提案する。それによってこそ、すべてのイラク国民が国の富への参加の感覚を得ることができるであろう。

 

原注(6) Paine, Thomas (1796). “Agrian Justice.” In: Foner, P.F. (ed.) (1974). The Life and Major Writings of Thomas Paine. Secatus, NJ, Ciatel Press, 1974.

 

「市民基礎所得」への前進

ブラジルにおける教育・保険援助機会を関連づけた所得移転制度の有効性を確認しつつ、「市民基礎所得」の実施に向けたステップを踏み出すべき時ではないだろうか? 前年1月8日の法律第10,835号の裁可の1年後に当たる、2005年1月9日のルーラ大統領自身による、「市民基礎所得」の創設に関する声明を検討してみよう。それは、「ラジオ・ブラース[brásはbrasilの略」の番組「大統領と一緒に朝食を」で行われたものである。それは、地理・統計研究所によれば、「家族賃金」制度は2006年までに、貧困ライン以下の家族の総数に達することを強調した。彼は、こう述べた。

 

「私が望むブラジルとは、いつの日か、人々が働き最低限必要なものをそれで得ているので、国家が所得移転を行う必要がなくなることである。それが人に尊厳を与えるものである。自分自身の金で、自分の仕事と汗で生きることが我々に誇りを与えるものである。」

 

我が大統領のこの意思――我々皆が自分自身の仕事で生きる――を成就するためには、「市民基礎所得」が慈善や援助の良識によるものではなく、すべてのブラジル市民に国の富――天然資源からの産物や、先行世代(奴隷として働いた人々を含む)の産物であろうと、社会全体の発明家の相互作用によって達成された技術進歩のもたらした富であろうと――に無条件で参加する権利であることを理解する必要がある。

2005年1月のポルト・アレグレでの世界社会フォーラム(フィリップ・ヴァン・パリースも参加)における、パトルス・アナニナス社会開発大臣と私の討論、あるいは、2005年12月のナタールにおける経済学卒業生全国センターでの会議での討論で、大臣は、私の提案に大いに関心を示したが、いくつか重要な疑念を提示した。

 

●  1億8,700万人のブラジル人に合理的な額のベーシックインカムを支給することは、どのようにして可能になるか? 現在の「家族賃金」で支給している額は適切か?

●  ベーシックインカムは、どの程度の額から開始するべきか?

●  「家族賃金」を増額する方が適切ではないか?

●  どのようにして全員へのベーシックインカムをまかなうのか?

●  世論が就学と予防接種という要件を支持し、積極的なものと考えているなかで、どのようにして無条件の所得保障を開始できるのか?

 

「段階的実施・拡大」の重要性

「市民基礎所得」を創設する法律は、その実施に関しては、行政当局に大きな裁量の余地を与えていることを覚えておくことが、まず重要である。もっとも必要としている層を優先しながら全員に支給できるようにするという行政執行基準のもので、その支給額と実施は段階的なものである。

2006年1月、私はパトルス・アナニナス社会開発大臣とともに、カンピーナスのもっとも貧困な地区を訪問した。そこで我々は、所得移転制度で受益しているいろいろな家族と話し合った。8つの制度が重なり合っており、各家族がどの制度の対象になるのかを理解するのは非常に難しいと言う。いつの日か「市民基礎所得」制度をブラジル全体で実施できれば、国民にそれぞれに適格な権利を説明するのがきわめて簡単になるだろう。

ルーラ大統領の再選の後で彼が言ったように、政府は、4,500万人の受給者への「家族賃金」の額をどのように増額するかを検討している。政府はまた、この制度の対象家族の拡大も行うだろう。このような段階的な実施に代わって、始めには18歳までの人に適用される「市民基礎所得」の普遍的な授権をとおして行うことができる。この制度は、アルゼンチンの経済学者ルーベン・ロ・ヴオロ(7)、アルベルト・バルベイト、ブラジルの経済学者レナ・ラヴィーナスが初めに提唱したものである。(8)

これからの数年で「市民基礎所得」が制定されるとすれば、適度の額(例えば、1人月40レアル)[約2,072円]から始まるであろう。6人家族の場合、月240レアル[約12,432円]になる。世帯主が2006年に350レアル[約18,130円]の最低賃金を得ているだけなら、家族の合計所得は月590レアル[約30,562円]となる。40レアル×12か月で年480レアル[約24,864円]である。480レアル×1億8,700万人で898億レアル[約4兆6,516億円]となるが、2006年の「家族賃金」制度での支給総額の約10倍である。しかし、これは、公債利払い額(2006年で1,500億レアル[約77兆7,000億円]近く)よりもはるかに少ないものである。公債コストの削減による利率の低下がベーシックインカムの導入の財政的実現性に貢献するであろう。

上記の例のような適度の額でベーシックインカムを開始したとして、その費用総額898億レアルは、2006年の予測GDP2兆レアル[約103兆6,000億円]の4.5%近くに相当する。これは短期で実現可能な額ではない。この問題は、私が2005年に財務大臣と議論した際のテーマであった。この制度を段階的に導入することが、なぜ重要かである。前大臣のパロッシは、ありうる道は、ベーシックインカムを最初は貧困家族を対象とし、その後で全員に支給するようにすることであると語った。私は、それはあり得る選択肢であると答えた。

2001年の憲法改正で創出された、「家族賃金」制度の財源をまかなう「反貧困基金」は、2011年までのものであることを念頭に置く必要がある。従って、国の成長を維持できる恒久財源を考える必要がある。

 

原注(7) VUPLO, Rubén Lo, BARBEITO, Albert C., Contra la Exclusión. La propuesta del ingreso ciudadano. Buenos Aires, Ciepp/CIEPP/Mino y Dávila, 1995.

原注(8) Lavinas, Lena. et alli “Exceptionality and Paradox in Brazil: From Minimum Income Programs to Basic Income”.9th International Congress, Bien, Geneva, September 12th, 2002.

 

財源は「ブラジル市民基金」

可能な解決策は、「ブラジル市民基金」によって制度をまかなうことである。これはいずれ、トーマス・ペインや「アラスカ恒久基金」が定式化したモデルに従ったベーシックインカムを支給するのに必要な資源を提供できるものである。これは、1990年に私が上院に提案し8月に承認され、次いで下院の委員会で真価を認められた法律の主目的である。基金の最初の資金は、株式公開企業に連邦政府が共同投資する資本の10%によって形成される。この基金の財源は、連邦予算に寄託された基本財産で形成される。天然資源使用のロイヤルティの50%、公共事業・サービスの利権の50%、連邦の不動産などの資産の賃料の50%や寄付などで形成される。

世論が条件づけに積極的であることについては、偉大な師、ジーン・ピアジェ、マリア・モンテッソリ[イタリア語なのでこう読むと思います]、アニッシオ・テイシェイラ、パウロ・フレイレの教えに学ぶべきである。彼らは、教育とは、その過程で人がよりいっそう自覚的になる、解放であると教えた。豊かな人々がその子供に予防接種を受けさせ、最良の学校に行かせるという正しいステップを踏むのと同じように、どの家族であれ、全員のためのベーシックインカム受給の権利がいったん与えられるならば、子供の教育と保健のための努力をするであろう。

イタリアのパドゥア大学の哲学者のアントニオ・ネグリと、リオデジャネイロ大学の政治学者のジュゼッペ・コッコは、その論作『サンパウロの葉』で、「家族賃金」を普遍的で市民のための所得であると認めて、称賛した。彼らは、ルーラ政権による制度の無条件性の追求、制度の普及と民主化の促進を評価した。(9)

ブラジルの当代の偉大な経済学者セルソ・フルタードは、この提案をよく理解してくれた。この法律が裁可された日、彼は次のようなメッセージを大統領に送った。

 

共和国大統領 殿

 

貴職が「市民基礎所得法」を裁可された機会に、この手段によって、我が国がより調和した社会を建設するたたかいの先導者となったとの確信を表明するものです。ブラジルはしばしば、奴隷労働を廃止することでは最後の国のひとつと言われてきましたが、良き市民権の原則と、スプリシー上院議員の広大な社会ビジョンの成果であるこの法律をもって、今やブラジルは、広範な連帯制度を最初に制定した国、さらには、それが人民の代表者によって承認された国と言われることとなるでしょう。

この機会に私は、貴職に与えられた重要な使命の引き続く成功をお祈りいたします。

2004年1月8日、パリにて

セルソ・フルタード 

 

原注(9) NEGRI, Antonio e COCCO, Giuseppe, “Bolsa-Familia é embrio da renda

 

「マイクロ・クレジット」とベーシックインカム

しかし我々は、すべてのブラジル国民がこのフルタード教授の考えを共有するようになるには、これから多くのことがなされる必要があると予想している。去る10月、ムハンマド・ヤヌスがノーベル平和賞を受賞した時、ブラジルの主要紙のひとつ『オ・グローボ(地球)』は社説で、マイクロ・クレジットを、「家族賃金」制度の援助的・慈善的性格と対比して、その条件性にもかかわらず、受益者の起業家精神を刺激する非常に積極的なものと称賛した。(10) ブラジルや南アフリカ、そして世界中の国々で、マイクロ・クレジットもベーシックインカムもともに、正義にかない、市民化された社会、良き社会、ポール・ダヴィッドソン、グレッグ・ダヴィッドソン、ジョン・K・ガルブレーズが提唱した種類の社会を築くための主要な手段のひとつであることを示す、BIENの努力を続けなければならい。それは、2006年10月15日、ハーバード大学ケネディ校でポール・ダヴィッドソン自らの講演で鮮やかに気づかせてくれたようにである。(11)

最後に、私、レナラヴィーナス、マリア・オザニーラ・シルヴァ・イ・シルヴァ他、ブラジルからの参加者は、2004年、バルセロナにおいてBIENに対応する「市民基礎所得ブラジルネットワーク」を結成したことを報告することをもって結語とする。ここ南アフリカで、そしてナンビアその他のアフリカ諸国で、ベーシックインカムについての議論がいかに発展し、熟成したかを実感したからである。我々は、ここで皆さんから学んだことを、ブラジルその他の南アメリカの諸国に持ち帰るものである。

 

原注(10)“Premio Exemplar”, editorial of “O Globa”, October 18, 2006.

原注(11) Davidson, Paul’s Opening Remarks as member of a panel on “Towards Good Societies, Kennedy School, Harvard University, October 15, 2006, with reference to his book with his son, Greg. Economics for a Civilized Society, 1988, Macmillian, London and W. Norton, New York, revised edition 1996, and Galbraith, John Kennethe, 1966, The Good Society, Houghton Mifflin, Boston.

 

【訳者注:本稿の小見出しは訳者によるものである。[ ]内は訳者の補足である。】

 

 

【参考資料】ブラジルの政治・政権の流れ

ブラジルは1964年から85年まで軍政が続いた。現政権与党の労働者党は、80年、労働運動家、知識人などを中心に結成されたが、環境・人権などの市民運動・社会運動活動家が広範に参加し、政治的には中道左派から極左まで幅広い。82年に下院で初議席を獲得、直接選挙となった大統領選挙に労働組合の指導者だったルーラが立候補した(89年、94年、98年)が、落選。2002年に初当選。

ルーラ大統領は「飢餓ゼロ」計画を打ち上げ、貧困家庭向けの食料援助や援助金制度などを推進した。貧困家庭の生活水準改善を着実に進め、経済発展に取り残されていた内陸部へのインフラ整備も進みつつある。外交面では、南米統合へのリーダーシップも発揮した。2006年、ルーラ大統領は10月の大統領選挙で貧困層の圧倒的な支持を得て再選された。ルーラ政権下では2014 FIFAワールドカップブラジル大会や、リオ・デ・ジャネイロオリンピック(2016年)という二大スポーツイベントの招致に成功し、開催へ向けての準備が始まっている。2011年1月1日からはルーラの後を受け継いだジルマ・ルセフ新政権が発足した。(訳者)

 

 

第2回院内集会開催のご案内

第2回・震災復興基礎所得保障と生活再建のための現物支給を政府に要求する院内集会

発言者に予定していた「しんぐるまざぁず・ふぉーらむ・福島」の遠野馨さんにご不幸があり、発言者に変更がありました。ピンチヒッターとして、現在、福島在住のお連れあいのお母様を介護していらっしゃる教育ジャーナリストの青木悦さんが発言されます。

4月末に多くのご支援をいただき開催いたしました院内集会を、今後も継続的に企画をしていきます。今回はその第2回目。

3・11から2ヶ月が過ぎましたが、震災復興への道のりは厳しいものがあります。義援金の配分が滞っているという報道が示すように、具体的・有効な被災者への支援が機能をしていません。また、東京電力福島原子力発電所の1~3号機のメルトダウン報道が今頃になってなされ、原発事故終息のめどもたたず、放射能の垂れ流しが続いています。すでに、チェルノブイリに匹敵する汚染量とも言われ、子どもたちを中心に被曝の問題が将来に影を落としています。

今回は、阪神大震災を経験した中野冬美さんから、震災時における母子世帯の困難な状況と必要とされる支援を、伊藤みどりさんに従来の貧弱な雇用・福祉政策ではまったく対応できない震災の影響を受けた雇用問題の具体的事例を語っていただきます。

また3月11日当日に東京電力福島第一原発で働いていて被災した方への取材報告も予定しています。

日時と会場

発言者

  • 青木悦(教育ジャーナリスト。朝日『中学生ウィークリー』、『ふぇみん』記者を経て現在フリー)

  • 伊藤みどり(働く女性の全国センター事務局)

  • 白崎朝子(安全な労働と所得保障を求める女性介護労働者の会)

  • 白崎一裕(反貧困ネットワーク栃木,司会・発言)

  • ほか

  • ※ 参加国会議員の紹介は随時行ないます。

主催と連絡先

  • 震災復興基礎所得保障等を政府に要求する実行委員会

    安全な労働と所得保障を求める女性介護労働者の会

    ベーシックインカム・実現を探る会

    反貧困ネットワーク栃木

  • 連絡先

    tel.090-6177-4013

USTREAMライブ

第二回院内集会ライブ

 

追記(2011/10/10)

私達が二回にわたって行った、国会に震災復興基礎所得保証を求める活動がBIENのホームページに英語で紹介されています。翻訳にご尽力いただいた鈴木武志さんに心より感謝申し上げます。

OPINION: Temporal Basic Income is Desirable for the Disaster-sufferers to rebuild and sustain their Living

経済学者・岩田規久男さんの増税なき復興財源は注目!

経済学者の岩田さんの「日銀の直接国債引き受け」復興財源論は、興味深い内容です。岩田さんは、ベーシックインカムを論じているわけではないのですが、この議論は検討していく価値があります。

以下がそのサイトです。5月12日には、この内容をもとにした新著も筑摩書房からでるそうです。(白崎)

 

http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/sp_shinsai/index.html

震災復興基礎所得保障と生活再建のための現物支給を政府に要求する院内集会・資料②

特別決議~私たちはベーシック・インカムを要求する~

二〇一一年三月一一に、この国をおそった東日本大地震は、多くの人たちのいのちを奪い、生活の糧を奪った。さらにこの震災は、釧路に住む私たちの生活をも、一変させることになった。

北海道の建設労働者は、冬、働くことができない。春先のこの時期は、私たちにとって、もっとも厳しい季節だ。たくわえは底をつき、ひろい仕事をして喰いつなぐしかない。
震災の影響は、建築資材の不足というかたちで現われた。資材の入荷が滞るということは、その間、仕事ができないということである。末端の現場で働く私たちは、「一日いくら」の日雇い労働者だ。一日仕事を待たされれば、即、その日の収入を失うことになる。
私たちの仲間には、手間請で働く「一人親方」が多くいる。加えてここ数年、とりわけ消費税の免税点が引き下げられてからは、一人親方のように、請負契約で働くものが激増した。社会保険はおろか、雇用保険さえ、掛けてもらえなくなっている。

いまや私たち建設労働者はすっかり、所得保障の蚊帳の外なのだ。
国や行政はこの間、「雇用、雇用」と繰り返すばかりだった。冬場も通して働けと、「通年雇用」がしきりとすすめられた。しかしいま、仕事そのものがないのである。仕事をしようにも、できないのである。
すでに述べた通り、仕事ができなければ、私たちは即、生活ができない。そんな私たちに対して、行政が用意しているメニューの多くは、貸付だ。しかも緊急融資にしろ、生活福祉資金にしろ、借りるために面倒な手続きをふむものばかりだ。それらにしても、借りられたところで、果たして返すアテなどあるわけではない。

国はいま、モノ、カネ、そしてヒトを、被災地に集中しようとしている。すでに東北地方に応援に出かけた仲間も少なくない。「東北に行けば仕事はある」というわけだ。
しかしながら、出稼ぎが過酷なものであることを、私たちは知っている。出稼ぎ先は寝る場所の確保さえ容易ではない。給料を持ち逃げされ、帰ることが出来ずにホームレスになったものもいる。戻ってきたところで、地元での職が保障されているわけでもない。

そもそも私たちは、こんな兵糧攻めのような目に遭い、飢えて駆り出される羽目になりたくはない。
私たちは、被災地への支援を惜しまない。しかし、私たち自身が喰い詰めてしまえば、被災地を支援することさえ出来ない。じっさい、明日のコメが手に入らない事態が、仲間うちに生じている。もはや一刻の猶予も許されない。

すべてのものに所得補償を! 私たちはベーシック・インカムを要求する!
本大会において右決議する。

二〇一一年四月九日
全建総連釧路建設ユニオン定期大会